SIGNAL 01
ELLEが示す、「つながる旅」の時代
2026年、旅のトレンドは「映え」から「つながり」へ。ELLEが取り上げたのは、人や土地との一期一会を求める旅。世界が不確実な時代だからこそ、慈しみと愛のある出会いを求める。これはCover StoryのNYTやWanderlustの潮流とも通ずる。観光PRも「見せる」から「つなげる」へ。いまこそ語り口を変える時だ。
THE NOTES WEEKLY — 01
世界のまなざしが、変わってきている。
NYTとWanderlustが示す、選ばれ方の変化。
COVER STORY
A New Lens
― NYTとWanderlustが示す、選ばれ方の変化 ―
世界的メディアは、「行き先」を紹介しているのではない。行く理由を編集している。
近年のニューヨーク・タイムズ「行くべき52カ所」を振り返ると、日本各地が継続して選ばれてきたことが分かる。
2023年の盛岡(2位)、2024年の山口(3位)、2025年の富山(30位)。これらの地域が語られる際、背景としてしばしば参照されるのが、長年日本観光を象徴してきた京都の存在である。
ただし、それは「比較対象」として優劣を示すものではなく、日本の観光がこれまで築いてきた歴史的文脈としての位置づけに近い。
実際の紹介文では、混雑や知名度の高低よりも、地域の日常や生活文化、土地に根ざした歴史的背景が取り上げられている。確立された観光イメージの外側に、日本には多様な文脈を持つ地域が存在することが、結果として示されている。
しかし2026年、評価のされ方にはこれまでと異なる特徴が見られる。
欧米メディアが焦点を当てたのは、こうした地域性に加え、「社会的意義(Social Significance)」や「自然(Nature)」といった文脈だった。
その象徴が、NYタイムズにおける長崎(17位)と沖縄(46位)の選出である。
長崎と沖縄は、日本の近代史において重い「物語」を背負った場所だ。
世界が分断や紛争に揺れる中、「見どころ(文化財)」を回るだけの観光ではなく、その土地が持つ文脈を学び、考える「意義ある旅(Meaningful Travel)」の目的地として、日本が語られ始めている。
長崎においては、「核拡散の脅威が世界に広がる今、旅行者には訪れる強い理由がある」という視点が提示された。景色やグルメ以上に、歴史・平和・再生を考える、"世界史と接続する場所"としての選出といえるだろう。
沖縄もまた、リゾート地としてではなく、首里城再建に見る「喪失からの再生」の物語として注目された。
世界が求める「ピースツーリズム」や「再生への道」という文脈に、地域が本来持つ強度が合致した結果と言える。
この傾向は、英有力旅行誌ワンダーラストの「2026年に行くべき26の旅行先(Good to Go List 2026)」での日本選出とも重なる。
世界各国から700件以上の応募があった中、JNTOロンドン事務所が応募した日本が選出された。評価されたのは、食でもアニメでもなく、日本は英国より約20年早く国立公園制度を導入し、2026年は4つの国立公園が90周年を迎えるという事実——十和田八幡平、吉野熊野、大山隠岐、富士箱根伊豆。自然保護の先駆者としての文脈だ。
なお、同誌は2025年11月に発表した「リーダー・トラベル・アワード」でも日本を「世界で最も魅力的な国」第1位に選出しており、英国市場における日本への評価の高さが改めて示されている。
このリストは、数や知名度ではなく「今、行く意味があるか」を基準に編集される。気候配慮、地域経済への波及、文化の継承など、旅行者の価値観の変化を前提とした選定が特徴だ。
ここで重要なのは、選ばれた理由が、そのまま旅行者の期待値になるという点だ。
「文化」というソフトパワーに加え、「社会性」と「自然」という文脈で、日本が語られ始めている。
「映える」や「美味しい」といった分かりやすさの先で、「なぜ、今そこに行く社会的意味があるのか」という問いが、評価の中に含まれるようになってきた。
その問いにどう向き合うかは、地域ごとに異なる。
ただ少なくとも、世界の旅行メディアが日本を見る際の視点は、確実に広がっている。
「意味ある旅」として選ばれたからこそ、その価値を守るための「対価」が問われる。
精神論だけでは、文化も自然も守れない。
評価の質が変わった今、稼ぎ方の質もまた、転換点を迎えている。
今週の WEEKLY OBSERVATION は、以下の5つの視点で市場の変化を追う。
"払う理由"を、制度として言語化するフェーズへ。定額か、定率か。住民と旅行者、事業者の納得をどう編むか。
2026年は、約30の自治体が宿泊税を新規導入する。宿泊税「全国標準」元年——観光客から地域への還元が、ついに制度として動き出す。
そのなかで、
1泊100万円のスイートも、数千円のビジネスホテルも、同じ数百円といった
この「定額制」に、問いが立ち始めた。
宿泊税の論点が、定額から定率へ。高価格帯ほど負担が上がる"応能"設計が、現実の制度議論に入った。
東京都は定率3%を検討中。沖縄県は都道府県初となる定率2%で、2026年度導入を目指す。京都市は宿泊料10万円以上に対し、最高1万円という傾斜課税に踏み込んだ。
単なる財源確保として既存施策+αで終わらせるのか、価値創造に変えられるのか。「来訪者体験×住民生活×事業者収益」三方良しに翻訳した"還元の約束"へ。各地の観光経営力が試されるフェーズの始まりだ。
二重価格は、世界でも国内でも「価値と負担」の再設計へ。ルーブル美術館がEU圏外観光客の入場料を引き上げ。姫路城は3月から、市民1,000円に対し市民以外2,500円を導入する。
鎌倉が示すのは、その難しさだ。混雑・マナー・満足度はセット。「来てほしい」と「どう受け止めるか」の間にある話。観光は「数」ではなく、「関係性」をどう設計するか。
PRIMARY SOURCES
論点
単なる制限ではなく、「価値との見合い」。払う側が「また来たい」と思える還元を、どう設計するか。
「入れた」で終わらせない。データを現場のオペレーションに落とし込み、消費を動かす。
「DXを入れました」で終わる時代が、ようやく終わりつつある。
観光庁は「観光DX推進事業」の事務局公募を開始した。令和7年度補正予算による全国展開。単発の実証実験から、「面」で広げるフェーズに入った。
リクルートがリリースした「レベニューアシスタント」は、宿泊施設向けの価格自動化SaaS。AIが需要を予測し、価格設定まで自動で反映する。背景にあるのは、予約リードタイムの長期化(2019年比1.5倍)と、慢性的な人手不足。テクノロジーは「あれば便利」から「なければ回らない」へと位置づけを変えている。
DNPと長野県が観光LLMの実証を1月19日から開始する。注目すべきは、地域住民36名がデータ整備に参画している点。AI精度の向上と、地域内の仕事創出を同時に狙う設計だ。
修善寺温泉ではICTごみ箱が県内初導入された。美観維持に加え、人流や滞留傾向を読み解く基礎データとしての活用が視野に入っている。
DXの真価はまだある。「街全体での消費」を加速させる攻めの策だ。
箱根では、インバウンド客の70%が「夕食なし」プランを選んでいる。日本人の26%と比較して約2.7倍という圧倒的な差だ。
これは「泊食分離」が進み、旅行者の消費が宿から街全体へ行き渡る証左だ。しかし、地域の飲食店に「予約手段がない」「言葉が通じない」という壁があれば、その消費は蒸発し「夕食難民」に変わってしまう。まさに諸刃の剣だ。
DMOとTripXが共同開発した「RecRing」は、この壁を取り払うために導入された。
DXが言語や手間のボトルネックを解消することで、初めて「泊食分離」の真の意図を機能させることができる。
PRIMARY SOURCES
論点
DXの本質は「導入」ではなく「運用」。勘と経験から、データと仕組みへ。
「どこが有名か」より、"自分が歓迎されるか"へ。成熟市場ほど、受け入れの細部に反応する。
「どこが有名か」より、"自分が歓迎されるか"へ。成熟市場ほど、受け入れの細部に反応する。
インバウンド最大の市場・韓国に、明確な変化が起きている。
楽天トラベルの旧正月予約データによると、東京や大阪などの大都市を除いた人気ランクで、大分(別府・湯布院)や熊本(阿蘇)が最も高い伸びを示したが、なかでも4位神戸、5位沖縄を抑えて3位に入った愛媛・松山の躍進は象徴的だ。「韓国人にとって優しい都市」として口コミで急浮上した。
勝因は、そのコンテンツを楽しみやすくする「細心な配慮」だ。韓国語案内の充実や主要観光地の割引券など、旅行者が感じるアウェイ感を徹底して取り除いたことが、SNSや口コミで広がり、コンテンツのポテンシャルを最大化させた。心理的な受け入れ障壁の低さが、選択を分けている。
一方で、県内の分散は難しさもある。
参考までに石川県のデータを見ると、インバウンド人気TOP10は兼六園やひがし茶屋街など、すべて金沢市内に集中している。
旅行者には「人気エリアに集中する傾向」があり、大都市から地方都市の人気エリアへの移動は起きていても、そこからさらに周辺エリアへ人を巡らせることは、依然として構造的な課題となっている。
「皆が行く場所より、自分の好みが確実な場所を選ぶ傾向」——楽天トラベルのキム・テヴァン理事の言葉だ。「誰でも知っている都市」から「自分を迎えてくれる都市」へ。
宮島は2025年の訪問者数が496万人と、2年連続で過去最多を更新した。外国人は75万人、2019年比で2倍。"増えた"の次に、4月のDMO設立、訪問税を原資としたオーバーツーリズム対策など、受け入れの再設計が本格化する。
JTBは2026年の訪日客を4,140万人と予測した。中国・香港の減少により、初の前年割れとなる見通し。しかし消費額は9.64兆円と過去最高水準を維持する。量ではなく、どこで・どう価値化するか。"選ばれ続ける構造"が問われるフェーズへ。
信州千曲観光局は、スナックや芸者といった既存資源を"夜の観光資源"として再編集する取り組みを始めた。「昼は来るけど夜は帰る」を変える試み。滞在時間と消費単価を同時に伸ばす設計だ。
白馬村では、JTBがポップアップ飲食店の実証を行った。外国人客の急増で深刻化する「夕食難民」問題への対応だ。1週間滞在し、毎晩食べ歩く層に、地域はどう"夜の居場所"を用意するか。
PRIMARY SOURCES
論点
「どこに集めるか」から「どう分かれ、どう受け止めるか」へ。集中から分散へ、量から質へ。
文化資源を「見る対象」から「泊まる理由」へ。体験と宿泊を一体化した変換(Conversion)の実例。
佐久市の「KURABITO STAY」が文化ツーリズム賞を受賞した。築100年超の酒蔵で「蔵人体験」ができるホテル。文化資源を「見る対象」から「泊まる理由」へ。体験と宿泊を一体化した設計が評価された。
青森県はBEAMS JAPANと連携し、インバウンド向け土産の開発に乗り出した。赤〜いりんごジュース、リンゴテックス蝶ネクタイ、津軽ミニねぷた。素材を"売れる形"(プロダクト)に編集し、テストマーケで検証する流れ。
佐賀・呼子では、朝市観光客向けに古民家をホテル・食堂へ改修する動きが進む。イカを食べて帰る「通過型」から、歴史的風致に浸る「滞在型」への転換を図る。
そして『マツコの知らない世界』で特集された豪華列車。単なる移動手段(Transport)が、それ自体が旅の目的となるコンテンツへと進化している。
「つくる」より「掘り起こす」。新しい価値は、歴史の延長線上にある。
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論点
地域固有の価値を、体験としてどう設計し直すか。
地道に継続し、蓄積することで、分析も人も育つ。データは多様なプレイヤーが同じ方向を向くための、唯一の共通言語だ。
2025年に九州で初めて先駆的DMOに選定されたDMO NAGASAKIは、年末年始の動向を即座にレポート化した。「どこから、いつ来たか」を測り続け、公開し続ける。「データは蓄積して初めて比較できる」。
魔法のような解決策はない。この地道な定点観測の継続こそが、分析の精度を高め、データを読み解く「人」を育てていく。
鎌倉市は、可視化によって「感覚」を「事実」に置き換えた。施策の精度を上げるための基本動作だ。
姫路市は、インバウンド誘致の「ポテンシャル」と「実績」のギャップを埋めるため、戦略的な調査に踏み切った。目的から逆算し、次の一手を決めるための投資だ。
一方、韓国では政府が「観光データ改革」を最優先課題に掲げた。「データがなければ政策は動かない」。
日本でも痛いほどわかる話だ。"共通言語のなさ"こそが、地域経営の致命的な弱点となる。
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論点
データを起点に、事業者との共通言語を形成する。その蓄積が、地域経営の解像度を上げていく。
ANOTHER STORY
週次観察の外側から、もうひとつの視点。
「日本に来る」は強いが、「日本を経由する」は弱い。OAGの最新データが突きつけたのは、「量(Total)」の維持と、「接続(Hub)」の後退という残酷なコントラストだ。
2026年1月、羽田は総座席数で世界3位(464万席)を維持した。しかし、その内実は「国内線」という分厚い下駄に大きく支えられている。
国際線の座席数だけを見ると、日本の空港はTop10に入っていない。
2026年1月、国際線座席供給数(OAG)のランキングは以下の通りだ。
1位:ドバイ(DXB):550万席(前年比+4%)
2位:ロンドン・ヒースロー(LHR):397万席(前年比+1%)
3位:仁川(ICN):389万席(前年比+2%)
4位:シンガポール・チャンギ(SIN):372万席(前年比-1%)
5位:イスタンブール(IST):348万席(前年比+7%)
6位:香港(HKG):347万席(前年比+5%)
7位:アムステルダム(AMS):310万席(前年比±0%)
8位:ドーハ(DOH):296万席(前年比+6%)
彼らは自国を「目的地」としてだけでなく、世界中の移動が交差する「回廊」として空港を設計してきた。
一方、日本の空港はどうか。インバウンド(目的地)需要に依存し、ハブ機能(経由地)としての競争から距離を取ってきた結果、日本が「アジアの袋小路(Cul-de-sac)」になりつつある現実が、データとして可視化されている。
空の玄関口をどう設計するか。それは単なる交通網の話ではない。観光立国の「血管」が、静かに細くなっていないかという問いである。
PRIMARY SOURCES
論点
空の玄関口をどう設計するかは、観光立国の基盤に関わる。
ASIDE
SIGNAL 01
2026年、旅のトレンドは「映え」から「つながり」へ。ELLEが取り上げたのは、人や土地との一期一会を求める旅。世界が不確実な時代だからこそ、慈しみと愛のある出会いを求める。これはCover StoryのNYTやWanderlustの潮流とも通ずる。観光PRも「見せる」から「つなげる」へ。いまこそ語り口を変える時だ。
SIGNAL 02
話題の広告が示したのは、作り込みすぎない美学。すべてを説明し、見せすぎるプロモーションは安っぽくなる。本物は、受け手の想像力が入り込む「余白」を残す。観光PRが陥りがちな「詰め込み」へのアンチテーゼだ。
SIGNAL 03
何を変え、何を残すか。ホンダの刷新は、CI変更によるイメージ転換ではなく、事業構造の転換宣言だ。観光地のブランディングも同じ。「何を変え、何を貫くか」という意思が定まっているか。
SIGNAL 04
増田セバスチャン氏をCKOに迎えた新会社。KAWAII文化は、単なるファッションではなく、地域資源を再解釈する「フィルター」になる。景色を見せるのではなく、「世界観」を見せる。それがインバウンドを呼ぶ最強のフックだ。
EDITOR'S NOTE
今週のニュースを並べると、一つの線が見える。
制度(宿泊税・入山料)、運用(DX・データ)、歓迎(受入環境)、文化(価値変換)。
すべての論点は、集客の手前——"構造(Structure)"にある。
プロモーションで「化粧」をして客を呼ぶ時代は終わった。
2026年の観光地経営は、まず足元の「骨格」を整え、稼ぐ力を鍛え直すことから始まる。
今週は、日本がその「構造改革」へと、明確に歩幅を変えた一週間だったと言える。
APPENDIX
ニューヨーク・タイムズ紙が毎年発表する「今年行くべき52カ所」リスト。1952年に始まった「週ごとの旅行先提案」を起源とし、現在は年初に一括発表される形式となっている。世界中の記者・編集者が候補地を推薦し、編集部が「今、訪れる意義があるか」を基準に選定。観光地としての魅力だけでなく、社会的文脈や持続可能性、文化的な意義が重視される傾向が年々強まっている。
→ 52 Places to Go in 2026 (NYT)1993年創刊、英国最大の旅行雑誌『ワンダーラスト』が毎年発表する「来年注目すべき旅行先」リスト。印刷版とデジタル版を合わせ、英国・米国・カナダを含む世界70か国以上で購読されている。"本格的、かつ持続可能性に配慮した意義深い旅"を編集方針とし、2020年以降は歴史・考古学・都市型デスティネーションなどのテーマと、持続可能な旅行への取り組みをさらに強化している。2026年版は世界各国から700件以上の応募があり、注目すべきニュース、記念年、文化的イベントを基準に選出された。
→ Good to Go List 2026 (Wanderlust)